少し前のこと。就寝前の歯磨きをしていた。鏡の前にいると常に口をすすぐか否かを問われている気分になり、早々に歯磨きを終えてしまいがちなので、磨く間は他の場所へ移動する。その日は外の空気を吸おうと屋上へと昇った。時間は深夜近く、少しだけ風が吹いていて涼しい。
 普段より辺りが明るい気がする。月に目を向けると満月かほぼ満月というぐらい丸い。このことから周囲の明るさは月によるものだと推測するものの、これまでに月の明るさをはっきりと意識したことがないため確証はない。むしろこれまでに月の明るさを意識する経験がないという事実は月明かりの強度は大したものではないということの弱い証拠であるような気もする。そもそも本当に普段より明るいのかさえ確かではないが。
 屋上の縁の柵に目を向けると割合はっきりと影ができている。周囲に照明はあるが、その向きに影を作るものは見当たらない。そして月によるものとすると自然な向きだ。ひとまず月による明るさだと認めることにした。

 月に見ていると不意に「綺麗だな」という言葉が心に浮かんだが、直後に「本当に綺麗だろうか」という疑念、より具体的には「満月は一般に綺麗なものとして扱われることが多いため、それに釣られているだけではないか」という疑念が浮かんだ。他人がこういうことを言い出したら面倒な奴だと思うし、綺麗かどうかなど論理的に帰結されるものでもないので無駄な問いだとは思うものの、不意に生じた綺麗だという感覚があまりに頼りなく、問わずにはいられなかった。
 検証するような気持ちで月を見る。見れば見るほど表面に濃淡があるだけの光る円だ。取るに足らない感じもするが、じっと見ていても不思議と退屈しない。結論としてはまあまあ綺麗というところに落ち着いた。

 翌日googleのトップ画像を見るとお月見の絵になっており、今日が中秋の名月であることを知る。こうなると昨日が実際明るかったことへの真実味が増す。今日も深夜に見に行くことにした。
 午前1時頃にベッドに入るときまで忘れていたが、思い出して屋上へと向かった。屋上に出ると小雨がパラパラと振り、空一面曇っていた。当然月は見えなかった。

 その数日後にやはり満月とはいかないまでも結構丸い月を見たが、それほど綺麗だとは思わなかった。このときは雲がほとんどなく、前に見た時は月を囲むように薄い雲が浮かんでいた。どうもこの差が効いているらしい。つまり月単体では物足りないが、周りの雲があるといい感じにバランスが取れるというような。