平方イコルスン『スペシャル』第32話を読んで、そわそわしている

 平方イコルスンの『スペシャル』という漫画がある。トーチwebで連載していて単行本は第1巻が出ており、第1話から第20話までが収録されている。

スペシャル 1 (torch comics)

スペシャル 1 (torch comics)

最初の3話と第20話から第32話までがトーチWebに無料公開されていて最新話である第32話は11月12日に公開された。
 この第32話の内容は胸に迫るものがあり、しかも次にどうなるのかが気になって仕方がない場面で終わるため読んでからずっとそわそわしている。そわそわしたところでどうなる訳でもないとは分かりつつも落ち着かないので他の事が出来ない。一方でこの落ち着かなさも時間とともに消えていくことは分かっている。消えてくれなくては生活に差し支えるけれども、それと一緒に落ち着かなかった理由まで不明になっていき、後からこの経験が訳の分からない浮つきとしてしか思い出せないのは悲しい。そこで僕が今何を思ってそわそわしているのかを記しておく。
 このような目的でこの文章を書く以上、漫画の内容に関する記述を含む。『スペシャル』をもし読んだことがないならば、是非トーチWebに公開されている第1話から第3話を読んでみて欲しい。それが気に入るようであれば単行本を買っても楽しめると思う。無料公開されている話には個別に読めるものも多いが、第32話はそれまでの話を読んでいるかで受ける印象の深さが特に変わってくると思うので、経験の強度を重視する人は第31話まですべて読んでから読むことを勧める。とにかくこの文章を読んで『スペシャル』の内容を知るなんていうのは勿体ない。これまでの話を全部読んでいて、第32話を読んでそわそわしている人にこの文章を読んでほしいし、これまでの話を読んでいることを想定して書く。

 本題に入る。第32話は葉野が伊賀に訊きたいことがある旨を伝え、伊賀が「どうぞ」と応じる場面で終わる。質問をする直前で話は終わっているけれども、尋ねる内容は言うまでもなく伊賀の異常な力の強さとヘルメットについてだろう。僕が気になっている点を一言で言っておくと「伊賀が葉野の問いにどう応じるのか」ということだ。ただ、一言だけでは具体的に気になっている点を明確にできないので以下でこれを補足していく。
 「どう応じるのか」が気になると書いたが、これは「伊賀が回答として何を述べるか」ではなく「伊賀が質問にどのような態度で応じるのか」という意味で用いている。もちろん伊賀の回答の内容が今後の2人の関係性に影響を及ぼす可能性は高い。しかしそれ以上に伊賀が葉野の心情を理解し応じられるかが影響を持つと考えている。それは葉野が非常な切実さで伊賀に問いかけており、その切実さは伊賀にとって特別な存在でありたいという葉野の願いに基づくものだと思うからだ。

葉野の切実さ

 僕は葉野が非常に切実な思いをもって伊賀に問いかけていると思う。そう推測する理由は葉野は訊くべきでない理由をもっているにも関わらず訊くという決断をしたからである。葉野の持つ訊くべきでない理由と、それにも関わらず尋ねた理由の推測を順に記す。

葉野が伊賀に訊かない誘因

 これは2つあると思う。

  1. 訊くことで関係が損なわれる可能性がある
  2. 訊かなくても普通に仲良くやっていけている

 1点目について。第8話で葉野は藤村に伊賀の力の強さのことを尋ねた後に何故伊賀本人に訊かなかったのかと自問し「それを訊くのはあまりにも彼女の深いところへ切り込んでいく行為のような気がして」と自答している。ここから伊賀を傷つけてしまうことを恐れていることが分かる。また第11話で葉野が大石に伊賀のヘルメットについて尋ねた時の、葉野が伊賀と親しいからこそ今は教えられないという返答が伊賀の事情を知ることが伊賀との関係を揺るがしうるものだという認識を葉野に与え、尋ねることを躊躇わせていることも推測できる。
 2点目については、伊賀の事情を知らなくても葉野と伊賀は2人で遊びに行くほど仲が良く、第11話で大石が「今まで伊賀のこと大事にする人間って殆どおらんかったからなぁ」と言っていることからわかるように、伊賀にとっても葉野にとっても互いがとりわけ親しい友人であることが分かる。このことから現在の関係を危険にさらすのを恐れているという理由だ。

何故葉野はこれまで訊かなかったにも関わらず今尋ねるのか

 伊賀との友人関係が損なわれてしまうかもしれないのに訊くのは何故だろうか。関係が壊れてもいいとやけくそになっている訳ではないことは、第32話で葉野が伊賀に訊きたいことがある旨をためらいがちに切り出し「もし訊いちゃいけないことだったら…申し訳ないんだけど」などと配慮しながら話していることから推測できる。つまり葉野は尋ねたうえで伊賀と友人であり続けたいと思っていると予想できる。しかし現在の関係が損なわれるかもしれないリスクを冒してまで尋ねるということは、これまで通りの関係ではなくより深い関係を結ぼうとしていると考えられる。このことは第32話で葉野が伊賀にヘルメットを拭くのを拒まれ、そして大石がヘルメットを触るのを伊賀が許容するのを見て、葉野は自分が伊賀にとって「普通の友達」なのだと自分に言い聞かせていたにも関わらず、その日の下校時に伊賀に質問を切り出したころからも推察される。

伊賀は葉野の切実さにこたえられるか

 一方、伊賀は葉野の切実さを理解しているだろうか。僕がこの点を気にするのは、第11話での大石の「今まで伊賀のこと大事にする人間って殆どおらんかったからなぁ」という言葉による。大事する人間がいなかったとはいっても除け者にされていたわけではないのは第1話や第2話の段階でクラスメイトと普通に共存していることからわかる。ここから伊賀の葉野が来るまでの他人との関係は一緒に登下校したり、学校で喋ったりするので尽きていたのではないかということが推測される。そうであるとすれば伊賀は他人と関わる経験に乏しく、他人への配慮に不慣れであるといえるだろう。例えば、第5話で葉野を煙突に重なるように長時間立たせて、少し動いただけで怒るというような一方的な態度からはそのような様子が伺える。(ただし、第4話で築前につねられそうになる葉野をかばうという配慮を示す場面もある。)ただ葉野との交友を経て、徐々に他人のために何かをするという態度が芽生えているようにも見える。例えば第10話で葉野に写真をあげる、第11話で葉野に大石にたてつかないように忠告する、第19話で葉野に槍を見せるなどである。しかし一方で、第20話で伊賀の入院の事を気にする葉野の様子を見ても、自分の事を心配されているとは思いもよらない様子や、第30話で会藤がつねられるのが嫌なのに築前と付き合っているのを理解できない様子からは、やはり他人の心中を察するのは未だに不得手であるように見える。
 以上に基づいて推測をまとめると、伊賀は葉野との交友を経て他人への配慮を身につけつつあるが、未だ経験不足は否めず、それゆえ葉野がどのような思いで尋ねているかを理解できるかどうかは微妙なところだということになる。

 以上で僕が気になっている「伊賀が葉野の問いにどう応じるのか」という文が何を意図したものかはある程度明確になったように思う。そして気になっている理由は、この点が、葉野の問いかけによってどうであれ変化せざるを得ない2人の関係の今後の方向性を決めると思うからだ。