川の中の鳥

 今日は12時頃に起きた。前日の寝不足のために爆睡してしまった。お腹が空いていたから昨日パン屋で買っておいたフォカッチャをレンジで温めて食べた。外は雨が降っていて、そのせいか少し頭がぼんやりとしていた。この状態で本を読んだり、パソコンを見たりしても集中できないため、目覚ましのため少し散歩することにした。
 雨はそれほど強くはなく、傘をさしていれば問題なく歩けた。目的地も定めず適当に歩いていると鴨川の近くに着いた。河川敷を見るとそれほどぬかるんでいなかったので、そこを歩くことにした。
 しばらく歩いていると、川の中に1人の女性がいた。彼女の事を以下「カワ」と呼ぶことにする。そのあたりの水深は雨で多少増水しているとはいえ足首が浸かるぐらいの深さで特に危険は無い。カワの前方1m程のところに白い水鳥がいて、カワはその鳥を追いかけていた。鳥の大きさは体積で言うと10㎏の米袋ぐらい。そこそこ大きい。鳥はすぐにカワに捕まった。カワは鳥が動かないように体を抑えた。カワはそれからどうするわけでもなく体を抑え続けていた。しばらくの膠着状態の後、カワは手を放し、鳥は逃げるようにカワから離れた。すると再びカワは鳥を追いかける。
 この間僕は河川敷を歩きながらこの光景を横目で見ていた。カワの行動が何を意図するものなのかが分からないため始終を見届けようと思ったが、僕が立ち止まって凝視し、もしそれにカワが気づいた場合、カワの中に恥じらいや不安が生じ、本来取りたかった行動を中止してしまうかもしれないと考えた。そこで僕は無関心な通行人を装うことにした。周りを見ると、他にもカワの行動を見ている2人がいた。1人は川の向こう岸にいて、もう1人は近くの橋の上から見下ろしていた。後者の人はカッパを着て、自転車にまたがったままカワを見ていたので「ジテンシャ」と呼ぶことにする。この2人は見るからにカワを凝視していたが、カワの方は特に周囲を気にする様子もなく淡々と鳥を追いかけていた。そのため今更僕が通行人を装っても意味が無いような気がしたが、念のためということでそうすることにした。通行人のフリをするには歩き続けなければいけないわけで、単に直進し続けていると通り過ぎてしまう。カワの近くにいる時間を少しでも長くするために、カワの近くを過ぎたあたりで河川敷から上がり、近くにある橋を渡りながら様子をうかがうことにした。
 鳥はカワから逃げる途中、少し飛ぶのだが、高度は水面からわずかに浮かび上がる程度で2,3mほどですぐ着水する。この様子から、この鳥は負傷しているのではないかとも思ったが、知識が乏しいために判断はつかない。カワと鳥との距離は常に2m未満ぐらいで、鳥が捕まるのは時間の問題だった。
 僕が河原を上る途中、少し目を離しているうちに鳥は川岸の斜面まで追い込まれ、そこで捕まっていた。そのまましばらく膠着状態が続く。僕の歩行が橋の中腹に達する頃、同じ橋の上にいたジテンシャがカワに向けて声を上げる。「大丈夫ですか!」カワはジテンシャの声に気づき、何か言っているが聞こえない。川沿いの道路を走る車の音と、水が流れる音が騒がしいためだ。かろうじて聞き取れる会話の断片から推察するにカワとジテンシャのあまり話がかみ合っていない様子だった。
 結局、僕が橋を渡っている間に特に動きは無く、その先どうなったかは知らない。

儚いものの新しい例

 儚いという言葉がある。過去にこの言葉を会話で使った記憶はないし、他の人が使っているのを聞いた覚えもない。文章でもそこまで頻用されるものではないだろう。つまり、あまり用いられない言葉だと思うのだが、それでいて誰もが存在を知っていて、何となくではあるとしても意味を知っている言葉だと思う。また儚いという言葉は主として使用者の感情を表す言葉だろう。「○○は儚い」と言うとき、○○の性質を述べることよりも「○○に対して自分は儚いという感情を抱いている」と表明することに主眼があるように思う。
 では儚いという言葉がどういう感情を表すものかを思い出そうとすると結構難しい。それぞれの感情に対して明確な定義があるわけでは無いから、何らかの説明によって理解するというのは上手くいかない。こういうときに有効なのは自分が儚いと感じたエピソードを思い出して、感情を再体験することによって思い出すという方法だろう。
 この文章では僕にとって儚いと感じるエピソードを提示しようと思う。このエピソードは僕の個人的なものだが、恐らく多くの人も似たような経験をもっており、儚いと感じるものだと考えている。つまり、儚いという感情を思い出すためのエピソードのストックとして有用なものになるはずだ。
 そのエピソードの前に1つ述べておきたいことがある。「儚い」と聞くと多くの人は蝉(セミ)を思い出すのではないだろうか。少なくとも僕にとって「蝉」と「儚い」の2語は強く結びついている。しかし、いざ蝉のどこが儚いのかを考えるとすぐには出てこない。少し考えて「10年ぐらい地中にいるのに地上では1週間で死ぬところ」というのをかろうじてひねり出せる程度だ。つまり改めて考えるとそれほど蝉を儚いとは思えない。それなのに何故「儚いと言えば蝉」というような図式が僕の中にあるのかというと、恐らくこれまでに蝉を儚いものとして扱う記述を何度も見てきたためだ。つまり刷り込みによるものだろう。儚いという言葉を聞いたときに思わず蝉を思い浮かべてしまう人はそれが実質を伴うものか再考してみて欲しい。
 とはいえ蝉が不当に儚さの象徴の座を得ているというのは言い過ぎだとも感じる。一応蝉は儚さを感じさせうる性質は持っていると思う。そこに儚さを感じることができないのは、蝉に対する関心の薄さのためだろう。僕は下手をすればもう10年以上も蝉に意識を向けていない。もちろん毎年蝉の鳴き声は聞いているが、それを聞いても思うのはせいぜい「夏だな」という程度で、つまり夏の一側面として蝉を把握するに過ぎない。こうも印象が薄いと、改めて蝉の事を考えても出てくるのは昆虫であるとか、大まかな形だとかの漠然とした事柄のみで、特に感情の動きを伴うようなものは出てこない。それ故儚い・儚くないを決めるには材料不足で、どちらを選んでもしっくりこないということになる。
 蝉の話はこのくらいにして、儚さを感じるエピソードの提示に移る。これは同時に新たな儚さの象徴の提案でもある。その象徴の候補とはコンビニのおにぎりだ。コンビニのおにぎりが何故儚いのか。それは次のエピソードを通じてだ。

 ある朝、僕は昼食用にコンビニのおにぎりを買った。しかし昼は友人と食堂で食べることになったため、おにぎりは食べなかった。その後おにぎりの事を忘れ、夜に帰宅する。カバンを開けると、カバンの底にコンビニのビニール袋がある。それを取り出し袋を開くと、中からくたびれた様子のおにぎりが出てくる。背面の消費期限を確認すると17時に切れている。僕はたかが百数十円のために食べた後の時間を腹を壊さないかと不安になって過ごすのは割に合わないなどという現代っ子的な考えに基づき、おにぎりを食べないことにした。今朝陳列されたばかりのおにぎりが一昼夜を駆け抜け、今や「捨てる」という選択肢を僕に提示するだけの存在となっている。その姿に僕は儚さを感じた。

テンバイボウの男

 バイトへ向かうバスの中、通路をまたいで1列前の2人掛けの席に男2人組が座っていた。2人は友人同士らしく会話していた。あるとき片方の男が
「ほんとテンバイボウはクソ!」
と言い放った。この言葉だけ大音量だったため、それまでの会話に耳を傾けていた訳では無いがはっきりと聞こえた。ちなみに「テンバイボウ」のアクセントは「全体像」と同じ。
 僕は瞬時に分かった。この「テンバイボウ」とは「転売厨」のことだと。

 唐突だが僕が小学校高学年の頃の話をする。この頃、既にWindowsXPはリリースされていたと思うが、我が家ではまだWindows98が動いていた。この時代の多くの小学生が通った道だと思うが、当時僕はパソコンの最低限の使い方を覚えて、友人から教えてもらった「おもしろフラッシュ」や「フラッシュゲーム」、「WWA」などを楽しんでいた。それらを見ているうちフラッシュに出てくるキャラクターが2ちゃんねる発祥であることを知る。小学生の僕にとって2ちゃんねるは何かはよく分からないけどヤバい感じのするもので、下手なことをしたらパソコンにウイルスが入ったりするんじゃないかとか思いつつ、「2ちゃんねる」と検索し、びくびくしながら壺のロゴをクリックしたのを覚えている。2ちゃんねるに書き込んだ記憶は無いが、2ちゃんねるという掲示板群があって、そこにはAAや特有の用語などといった独自の文化があるということを知った。
 ところで当時の小学生は誰もがこれらの事を知っていたわけでは無い。パソコン自体は家庭に浸透していたが、子供が自由に使えない場合も普通にあったからだ。それ故当時の僕には「皆の知らない2ちゃんねる文化を自分は知っている」という優越感があり、それが推進力となって「2ちゃんねる用語集」なんかを熱心に覚えようとしていた。そうするうち「厨房」という言葉にぶつかる。これは勿論「ちゅうぼう」と読むが当時の僕は「だんぼう」と読んでいた。暖房と厨房を混同していたわけでは無いのだが何故だか最初に「だんぼう」と読んでしまい、それ以降修正の機会がなかったために結構長い間「だんぼう」と読んでいた。友人に対して「だんぼうはさあ・・・」などと口に出してまでいたのだが特に指摘されたこともなかった。恐らく友人は僕が何を言ってるのか分からなかったことだろう。「ちゅうぼう」という正しい読み方に気づいたのがいつなのかは明確に覚えていないが、あるときふと「これ『だんぼう』じゃなくて『ちゅうぼう』じゃん」と気づくというようなインパクトの薄い気づき方だったと思う。中坊を厨房にあえて誤変換しているだけなのだから意味を分かっていれば間違えるはずもないのだが、小学生の頭脳にはそんな道理は通じず「だんぼう」と読んで意味は「雑魚」とかそんな感じの言葉として適当に解釈していた。もちろん用語集には由来も含めて読みも意味も書いたあったはずなのだが。
 この間違いが起こった理由はひとえに「厨」の漢字の読みにくさによるものだろう。今でさえこの漢字を注視しても「ちゅう」と読むことを見いだせない。この漢字を読むことができる理由はこれが「厨房」の「厨」だからだ。日常に現れうる言葉で「厨」がつくのはのは唯一「厨房」だけではないだろうか。つまりこの漢字の読みは「厨房」を経由して覚えるものだと思うのだが、小学生の僕はそのファーストかつラストのステップである「厨房」を踏み外してしまった。

 そんな経験があったから「テンバイボウ」と聞いた途端に記憶がよみがえり「転売厨」のことだと確信した。この場合「厨」を読み間違えたのでは無く「房」をつけて「転売房」としてしまっている訳で、少し僕とは違うが、概ね同じようなミスと言えるだろう。僕以外でこの類のミスをした人を初めて見たが、これは広く起こっているミスなのだろうか。今では「○○厨」なる言葉はかなり広範に用いられているし、会話で使う人も結構いるため、読みを誤る可能性は低いような気がする。しかし一方で「厨房」という言葉はそれほど見ない。ということは単体では読むことの難しい「厨」のみで使われる場合が多くなった訳で、近しい人で会話にそういう言葉を使う人がいない場合には誤って読んでしまう可能性は高くなっているのかもしれない。
 そんなことを思いつつ一人バスの中、テンバイボウの男にシンパシーを感じていた。

ドリンクバーのバーの話

 先日サイゼリヤに行った。午前10時半頃に入店した。諸事情で朝に食事をとれなかったため朝昼兼用で食べるためだ。サラダとスパゲティを注文する。飲み物は水でいいと思ったため特に頼まない。料理が来るまでに水を飲もうとドリンクコーナーに取りに行く。前回サイゼリヤに来たのは年単位で前になる。その時はドリンクコーナーの水汲み器に「¥0」というような表記があったような気がするのだが、今回は無い。しばらく来ないうちに有料になったのだろうかと少し不安になるが、取り敢えずそのまま水を汲み席に戻る。店員に何か言われたら追加でドリンクバーを注文しようと少し身構えていたが、料理を持ってきたときに何も言われなかったので安心する。食事をしている最中にメニューに水の料金について書いてあるかもしれないと思い、ドリンクバーのあたりを詳しく見るが分からない。
 こんな風にドリンクバーのことを気に掛けているうち、ドリンクバーの「バー」とは何かという疑問にぶつかった。バーという言葉の意味で僕が知っているものを頭の中で探して出てきたのは
・飲み屋を意味するバー
・アンダーバー、ホームランバーなどの棒を意味するバー
の2つだ。このうちでドリンクバーはどっちのバーかを考えたところ、どちらもしっくりは来なかったのだが前者の方が飲み物に関連していてありえそうだと感じた。それでは飲み屋のバーの意味だとして、何故ドリンク飲み放題サービスがそのように呼ばれるのかが問題になる。
 ここまで考えたところで、この○○放題という形式には定着している呼び名があったような気がした。少し考えたところ無事思い出した。それは「バイキング」だ。思い出した直後は何故定着しているバイキングという言葉を使わないのかと疑問に思ったが、「ドリンク」という言葉と組み合わせて「ドリンクバイキング」と心の中で唱えた途端にその理由が分かった。「ドリンクバイキング」。こう言われると僕は豪勢なものを想像してしまう。バイキング形式は必ずしも高級とは限らないので、この辺は僕の感覚でそれが平均的なものかは分からないが、少なくとも下図のような甘くて安い飲み物を出す四角い機械を使う権利に「バイキング」の名は荷が重いのではないか。
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サイゼリヤのドリンクバーがドリンクバイキングなどと名付けられていたら僕は失笑してしまう。
 話を戻して何故「バー」と呼ぶのかだ。これも少し考えたところ、尤もらしい考えが浮かんだ。それはあの機械が飲み物を提供するバーの機能を果たしているからドリンクバーと呼んでいるというものだ。つまりあの機械、若しくはあの機械の置いてある場所の名称がドリンクバーだということだ。しかし、この考えによればメニューにあるべきは「ドリンクバー」ではなく「ドリンクバー利用権」のはずだ。このときふと、これはあれではないかと思った。あれというのは世でしばしばある「名称を省略する際に本質的な部分を省略してしまう現象」のことだ。スーパーマーケットがスーパーと呼ばれたり、フランクフルト・ソーセージがフランクフルトと呼ばれたりするのが典型例だ。つまり「ドリンクバー利用権」では長いとか堅苦しいとかそんなような理由で略された結果「ドリンクバー」となったのではないか。この理由で僕は納得した。
 とはいえこれはいくつもの仮定に基づいた推論に過ぎない。しかしこの結論を支持する材料を先ほど見つけた。それはまさにサイゼリヤのメニューの中にある。サイゼリヤのメニューはWeb上でも見られる。
www.saizeriya.co.jp

このグランドメニューのドリンクバーの載っているページを見るのだが、日本語を見ても分からない。英語の部分にそれはある。引用する。

Please help yourself to self-service drinks at Drink Bar(free re-fills)

文末の"at Drink Bar"。これは間違いなくドリンクバーが権利ではなく機械、または場所を表す言葉であることを示している。

足摺観光記録 3/3 プラザパル~竜串~足摺海底館

足摺観光記録 1/3 岡山~中村~四万十川~公園 - アドレナリン
足摺観光記録 2/3 公園~足摺岬~足摺テルメ~あしずり祭~公園 - アドレナリン』の続き。

 もう4時過ぎで、蚊に刺されるのにも辟易していたので、起きておくことにした。1か所に留まっていると蚊に刺されるので6時過ぎくらいまでぶらぶらして、それからはパルのバス停の椅子に座っていた。バスが来るのが7時半過ぎで時間があったため、この時間を使ってその日の移動のプランを立てた。とはいっても海底館+竜串の名所いくつかぐらいを見られれば十分なので余裕はある。しかし前日のようにバスの乗り合わせによっては破綻する可能性があるのできっちり確認しておいた。バスが来るまでには無事プランは立て終わった。
 予定通りのバスに乗って海底館へと向かった。竜串のバス停で降りた。降りてすぐのところにやたらと装飾の凝った建物があり、朽ちている。正面へ回ってみると「竜宮城」と書いてある。よくわからない。「海底館前」というバス停もあるのに竜串で降りた訳は、バスから降りてすぐに海底館を目にするよりも離れたところから視界に海底館が現れるような感じで見たいと思ったからだ。海底館の近くにレスト竜串という建物があり、そこで食事ができることを知っていたので朝食を食べにそこに向かう。向かう途中に海岸に出られる道があったので出てみると、遠方に海底館が見えた。徐々に現れる感じでなく、いきなり全貌が見えるのは予想外だったが写真通りの奇妙な建物で満足した。
 レスト竜串は土産物屋と食事処からなる道の駅のような建物だ。ここで「ジョン万たたき丼」を食べた。結構美味しかった。こういうところの食事は競争が無いためか味は微妙であることが多いと思っているが、たたき丼は一般的な食堂と比べても遜色ないクオリティだった。注文の際に「ジョン万」というのが恥ずかしかったので「たたき丼ください」といって注文すると「カツオ丼ね」と言われ、間違えたかと思いメニューを確認すると、たたき丼で合っていた。しかしレシートも「カツオ丼」となっていて適当さを感じた。
 食べたあとは海底館へ向かう。海底館への道のりは海沿いの舗装された道を歩いていくのだが、その道の周辺に多くの奇妙な形の岩がある。この岩の存在は事前には知らなかったのだが予想外に良く、見ていて飽きなかった。それらの岩はハチの巣状に浸食されているので「蓮コラ」が苦手な人はこれも無理なのだろうかと思い、弟が蓮コラを苦手としているため後で聞いてみようとマイルドなものから明らかにヤバそうなものまで幅広く写真を撮った。海底館の中身は、あまり魚に興味ないのもあって期待していなかったのだが、予想よりは楽しめた。30分ほど海中を眺めた。海底館を出た後、奇岩が気に入ったため歩いて行けるところを一通り見て回った。見終えてからも3,40分ほどバスの時間まであったがひとまずバス停周辺に戻る。来た時には開いていなかった観光案内所が開いていた。海底館と海岸沿いを見てきたことを話し、他に見どころがないかを尋ねた。するとどこから来たかを尋ねられたので、京都から来たと言うと、それなら海洋館は見なくていいですね。あれはちゃちなもんですよ。と言うので僕はどうしていいか分からずただ半笑いを浮かべるほかなかった。次に「見残し」を勧めてきたが、それほどの時間は無いため断った。他には貝のギャラリーなんかもあるから興味があったら行くといいとのことだった。観光案内所にも貝の標本が置いてありそれを見ながら少し説明してもらった。この丸くてツヤのある貝は海岸に行けばすぐに見つかるが、これが3つ連なった貝はすごく珍しくてこれ1つでキャデラックが買える。キャデラックが今いくらするかは知らないけど。など。結局この空いた時間に行けるところは無さそうなので近辺の土産物屋を見て時間を潰した。
 竜串を見終えた後はバスで竜串→宿毛宿毛→中村と移動し電車で中村から高知、高知から岡山へ行き、帰った。

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足摺観光記録 2/3 公園~足摺岬~足摺テルメ~あしずり祭~公園

足摺観光記録 1/3 岡山~中村~四万十川~公園 - アドレナリン』の続き。
続きは『足摺観光記録 3/3 プラザパル~竜串~足摺海底館 - アドレナリン』。

 時計を見ると5時前。睡眠時間は足りないが、この時間になると公園を利用する人も出てくると思い、迷惑になることとトラブルを避けるため起きる。中村駅に行ってみると始発は6時頃からだが駅はもう開いていた。ここまで重い荷物(リュックとバッグ)をずっと持ち歩いていたのでロッカーに一部預ける。昨日の時点でこうするべきだった。
 目的地は足摺海底館だが、足摺岬も観光名所ということでとりあえず足摺岬へと行くことにする。中村から足摺岬まで距離は40km程だが、運賃は1900円かかる。僕は移動距離に比して運賃がかなり高いと感じた。そのため他の移動手段を前日から考えていたが、思いついたのはそこら辺にあったレンタサイクルで移動するというものぐらいだった。しかし野宿明けの体力で自転車を数時間も漕ぐのは無謀だろうと思い、大人しくバスで行くことにする。
 足摺岬行きのバスの始発は8:20でまだ時間があったため昨夜野宿場所を探している間に気になった場所を改めて見て回った。そうするうちに時間になりバスに乗った。どんどん景色は田園へと変わっていく。バス停をいくつか過ぎるうちに中村駅付近で乗った客は徐々に降りてゆき、残るのは僕と他2,3人ぐらいになった。降りる人もなくバス停にも誰もいないため運転手はバス停を飛ばしていく。そうしてしばらく行くうちに、ちらほらとそのあたりに住んでいると思われる人達が乗り込んできた。気づけば7,8人以上は近隣住民が乗っており、彼らは知り合いらしく談笑し始める。彼らが日常における移動手段としてバスに乗っている中、観光目的でバスに乗っていることになにか俗物感を感じすこし気恥ずかしくなった。
 バス内でのエピソードを1つ。途中乗客が増え、席が減ってきた頃お遍路のおじさんが僕の2つ前の座席へと移動した。前の列に来て初めて分かったのだがこのおじさんは臭かった。匂いの種類としては汗をかいて放置した服の匂い。風の流れが前から後ろにあるのだろうか常に匂いが漂ってきてげんなりした。しかし途中で地元民らしいおばあさんが乗り込んできて僕の1つ前の列、つまりおじさんと僕の間の列に座った。おばあさんは新聞にくるんだ樹木の枝(葉はついている)を持っていてそれはとても良い香りがした。この香りはおじさんの悪臭に勝った。その後乗ってくる客の3人に2人程は同じような枝を持っていた。とにかくいい香りなのでなんという植物か名前を知りたいと思ったが、尋ねる勇気がなく叶わなかった。今でも気になる。
 バスが進むうちに景色は田園風景から住宅地へと移った。この地域はバスで通過しただけで詳しく見られていないのだが、窓から眺めるだけでも強いインパクトがあった。集落内の高低差が激しく崖のようになっている部分があったり、よくわからないところに壁があったり、樹木が野放図に伸びまくっていたり(これは高知の多くの場所で感じたことだが)。そこを過ぎると少し山の中に入っていき、更にそれを過ぎると町に出て、清水プラザパル前というバス停で多くの地元民が下車した。パルを過ぎて足摺岬の方に近づいていくと風景はかなり険しい山道に変わった。道も細い。バスは減速して注意深く進んでいく。レンタサイクルで来ていたらここで終わっていた。足摺岬周辺で運転手がアナウンスをする。今は繁忙期で交通規制があるから、足摺岬の近くまでは行くがそこから先に行く場合は臨時のシャトルバスが出ているからそれに乗るようにとのこと。それに従いシャトルバスに乗り足摺岬まで行く。
 足摺岬の観光案内所では紙1枚からなる観光案内を配っていた。それには周辺の名所を記した簡易な地図が載っている。地図に記してある遊歩道に従い、まずは天狗の鼻、灯台、ビロウ自生地(どれがビロウか分からなかった)を見た。海が広大に広がっている様子や崖の表面の浸食の跡、透き通った海は綺麗だった。遊歩道を先に行くと他にも点々といくつか名所があり、それらも一通り見たがあまり印象には残っていない。ただ後半に行くと道のアップダウンが激しくかなり体力を消耗したことは覚えている。
 一通り見終わったのが12時前。前日身体を洗えていないので近くにある温泉に行くことにした。向かったのは足摺テルメ。テルメとは聞きなれない言葉だがテルマエと同一の言葉のようだ。昼間だったため温泉には親子1組しかおらず、その親子もしばらくするといなくなったので貸し切り同然の状態となり存分にサウナと入浴を堪能した。この温泉は脱衣所に冷水機が置いてあり、それが自由に使えるので途中で水分補給をしつつ入浴できるのが良い。
 再び足摺岬周辺に戻る。次は海底館へ行こうと思うが足摺海底館は足摺岬から別に近くないということにここで初めて気付く。足摺と名につくから近くにあると思い込んでいた。バス停の近くの臨時観光案内所(繁忙期のため普段とは異なるところに作られている)の人に海洋館に行くにはどうすればいいのかを尋ねた。海底館ではなく海洋館の場所を尋ねたのは海底館がマイナーな施設であるかもしれないと思ったからだ。その人によれば次の便は50分後。この待ち時間に昼食をとることにする。スマホで調べたところ足摺岬周辺で昼食をとれるところはかなり限られていた。結局、足摺グランドレストという店へ行った。食べたのはサバの漁師漬けというご当地料理。味はまあまあ。昼食をのんびり食べていると意外に時間がギリギリになってしまったので焦ってバス停に向かう。バス停に着くと先ほど海洋館への行き方を尋ねた人が寄ってきた。その人が言うには、海洋館に行くには1度パルに行かなくてはならないが、そのあとパルから海洋館へ行くバスは当分無く次は17:52発のものになるという。海底館の開館時間は17時までなので間に合わない。僕はこの日のうちに海底館を見て高知駅周辺まで戻ろうと思っていた。高知に早く戻りたかった理由は高知駅周辺なら安価な宿泊施設があると思ったからだ。民宿などに泊まると素泊まりでも4000円程度はかかるし、野宿はもう絶対にしたくなかった。しかしそもそもの目的である海底館を見ずに帰る訳にはいかない。もう1日延長して土佐清水にいることにした。
 問題はどこに泊まるかだ。足摺岬周辺で宿泊するのは難しそうなのでとりあえずパルまで戻る。パルに着いたのは15時半頃。パルには戻ったものの昨日の経験からこの時期に予約なしで当日いきなり泊まれる場所はまず無いことはわかっている。つまり十中八九野宿をする羽目になる。となれば問題は如何に野宿をするかだ。一日の経験とはいえ僕も学習したわけで、明るいうちから準備をすることにした。荷物の安全確保と野宿地の確保を目指す。ここで中村駅でロッカーに荷物を預けるときに虫よけスプレーを置いて来てしまったことに気づいたため、勿体ないが近くの薬局に行って安いのを買う。色々と歩き回り野宿場所の候補を見つけた。それは公園にあるコンクリート製の山の遊具だ。その山の下部には筒状のトンネルがありそこで寝られそうだったが、あまりにもベタな野宿スペースのように思え、他の人とバッティングしてしまう恐れがあるため山の上の平たくなっている部分で寝ることにした。高い所の方が虫が少ないと考えたのもある。地面が固いので段ボールを敷こうと考えた。近くにホームセンターがあり、そこで段ボールが売っていることを確認した。しかしすぐには買わない。何故なら段ボールはかさばるためギリギリに買った方がいいからだ。ただホームセンターは20時には閉まってしまうのでそれまでには買わなくてはならない。そこで20時ギリギリに購入して物陰に隠しておくという算段を立てた。次にコインロッカーを探す。駅さえあればコインロッカーは容易に見つかるが足摺周辺には駅は無い。かなり歩き回っても全く見つからない。パルの片隅にロッカーを見つけ、つかの間喜んだものの使用中止となっていた。見つからないまま時間が過ぎ、19時過ぎにホームセンターの近くに再び着いたのでとりあえず段ボールを買い、物陰に置く。ロッカーは見つかる見込みがないので諦めた。
 この日は「あしずり祭」という祭りの日だった。この日に祭りがあることはポスターやのぼりを見て、前日から知っていたが、高知に戻るつもりだったため、行けないと思い、特に気にしていなかった。コインロッカーを探しさまよう途中、祭り会場に向かう多くの人を見た。野宿はもうほぼ間違いないしコインロッカーが見つかる見込みもないのだから、一旦そのことは忘れて祭りに行くことにした。
 祭りの会場には多くの屋台が出ており、人がごった返していた。僕の地元にも似たような雰囲気の祭りがあり、それを思い出して懐かしい気分になった。夕食をとっていなかったので何か食べようと屋台を巡っていると「アイスクリン」という見知らぬ食べ物を見つけた。見た目はアイスクリーム。1つ200円とそれほど高くなく、目新しさもあるので買った。バニラとイチゴの2つの味がありバニラを選んだ。美味しかった。食感はシャーベットのシャリシャリ感とアイスの滑らかな感じが混じった感じ。味はバニラというよりもミルクに近く、それも濃厚なミルクというよりもシャバシャバしたミルクという感じ。薄いミルク飴の味というと近いような気がする。安っぽい味といえばそうだが、僕は気に入った。イチゴ味も食べたいと思ったが甘いものを連続で食べるのはちょっとという気持ちも同時にあったため、一度塩気のあるものを食べてから買うことにした。色々見た挙句イカ焼きを買った。ところどころに屋台同士のの間隔が広い所があり、その空いたスペースに座って食べた。食べながら近くにいる親子の会話を聞き20時から花火大会が始まることを知る。時計を見ると20時数分前。イカ焼きは既に食べ終えていた。何か食べながら花火を見ようと再び屋台をまわる。焼き鳥が美味しそうだったので、買おうと並んでいるとパンという爆発音がして花火が始まる。焼き鳥を買ったらビールも欲しくなったので売っている屋台を探す。ビールを売る屋台はあったがすでに売り切れており、第3のビールしか残っていない。花火を出来るだけ見逃したくないという気持ちがあったため、やむなしということで「麦とホップ」を買った。空いている場所に座って花火を見る。僕の座っていた場所は花火を見るのにベストな場所では無く、花火によっては建物の陰になってしまって見えないものもあった。焼き鳥とビールを食べ終えた後、もっとちゃんと見たいと思い、花火がよく見える位置へ移動した。花火を見ながら祭りの人混みと喧騒のなかにいると、自分の身を置いているこの場が「いいなあ」と思えてきて何故か目頭に涙が少し溜まった。
 花火大会は21時には終わった。花火大会が終わると祭り自体も終わるようだった。屋台が閉まる前にアイスクリンのイチゴ味を買った。これも美味しかった。これもイチゴの味というよりは「イチゴ味」の味。
 祭りが終わったため野宿予定地に向かおうと思ったが、祭りから帰る人の往来が激しかったので落ち着くまで待つことにした。待っている間歩き回っていると人気の無い公園を見つけた。そこに寝転がれそうな石の段があったので横になって目をつむっていると、少し寝ていたようで22時になっていた。この頃にはもう人もいなくなっていたので、段ボールを隠しておいた場所へ行き、取り出した。輪になっている部分をちぎって帯状にし蛇腹状に折りたたむと割とコンパクトになった。それを小脇に抱えて野宿予定地に向かった。段ボールを敷き、虫よけスプレーを自分と段ボールにかけた。寝ようと横になるがやはり不安だった。それでも少しは眠れて起きると0時。起きると結構蚊に刺されていた。虫よけスプレーが前回のものより弱いのかもしれない。再び寝ようとしばらくトライしたがどうしても蚊が寄ってくるので断念した。1時頃。眠れる場所を探した。1時間程歩き回るうち、この町はこの時間帯に屋外に全く人がおらず、きな臭いような場所も特に無い、つまり安全だと感じた。もう細かいことは気にする必要はないという気になり、少し広めの通りに面した公園のベンチに段ボールを敷いて寝た。周囲から丸見えだが気にすることはない。そこで90分ほど寝た。こっちでも起きると蚊に刺されていた。

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足摺観光記録 1/3 岡山~中村~四万十川~公園

 先々週に岡山に泊りがけで行く予定があった。僕は前にpanpanyaの『足摺り水族館』を読んで以来、足摺海底館を見たいと思っていた。足摺海底館は高知県にある。京都から岡山に行くのにもある程度のお金がかかったため、京都から高知へ行くとなると結構な額になる。それでどうせならこの機に高知へ行ってしまおうと考え、行って来た。その記録を残しておく。長くなったので3分割した。

足摺観光記録 2/3 公園~足摺岬~足摺テルメ~あしずり祭~公園 - アドレナリン
足摺観光記録 3/3 プラザパル~竜串~足摺海底館 - アドレナリン

 岡山滞在中に足摺海底館への行き方を調べたところバスで岡山駅高知駅、電車で高知駅→中村駅(もしくは宿毛駅)、そこからバスで海底館周辺というルートで行けることが分かった。前日にバスを予約する。岡山での予定が終わり15:40発のバスで高知へと向かう。高知駅へ着いたのは18時ぐらい。この日はよさこい祭の日だった。祭りは複数の会場で行われているようで駅前にも会場があり賑わっている。中村行の電車が出るのは19時前で1時間ほどあるため、祭りを少し見て観光案内所で足摺周辺のパンフレットを入手する。
 19時前に電車に乗り中村へと向かう。窓から見る風景はどんどん田舎っぽくなっていく。僕は宿泊先を確保しておらず適当にネカフェか何かで泊まろうと考えていたのだが、この調子だとそれは無理そうだと感じ、不安になるが中村周辺まで行くと少し都会っぽくなり安心した。
 少し遅延はあったものの概ね予定通り中村駅に着く。次の日は朝から動くつもりなのでさっさと寝ようと思い寝床を探す。駅を降りて少し歩くだけでいくつかの民宿を見つけることができた。しかし予約なしで民宿に泊まるのは難しいだろうしお金も結構かかると思い、もっと安価な場所を求めて周辺を歩き回る。適当に歩いてみるが一向に見つからない。ここにきてスマホでネカフェの場所を検索したところ、周辺には無いことを知る。しかし検索から漏れるようなマイナーな店や、ネカフェに限らず簡易的な宿泊施設があってもおかしくないと思い再び探す。飲み屋街の近くなら遅くまで飲んでいた人が泊まれるような施設がありそうだと思い、飲み屋街のありそうな雰囲気のする方へ足を進めると無事スナック街を発見する。しかし歩き回っても泊まれるところは無い。このスナック街は運転代行を徹底しているようでひっきりなしに「代行」の文字の書かれた自転車が往来していた。
 見つからないまま24時になる。鼻で笑う程度の考えであった野宿という選択肢が現実味を帯びてくる。というかそれ以外のアイデアが無い。野宿をするといっても適当にそこらへんに寝るわけにはいかない。最低限確保しなくてはならない条件として考えたのは「最悪のケースでも死なない」「人目につかない」というもの。住居のすぐ近くでは住民に見つかったときにトラブルになるが、逆にあまりに人気の無い場所では何かあったときに助けを呼べず危険だ。その中間のようなところが望ましいと思った。そのような場所はなかなか見つからなかったが四万十川沿いに良さそうな場所を発見する。そこは小規模な公園で芝生が敷いてある。住居はすぐ近くには無いが叫べば容易に声が届くような距離にはある。
 芝生に直に寝るのは虫がつきそうで嫌だがやむを得ない。服の入ったビニール袋を枕にして横になる。地面は固いが寝られないほどでもない。小さな虫がたまに皮膚につくが頻度はそれほどでもなく、その都度振り払えば問題にはならない。服の中に入られるのは嫌なのでシャツのすそをズボンの中に入れ、ズボンのすそを靴下の中に押し込む。河原が車道になっており公園は車道沿いにあるため、車が通るたびにヘッドライトが目に入るのが少し気になる。しばらく寝転がっていると耳元でプーンという虫の羽音がする。音自体は我慢できるが耳の中に入られたら嫌なのでポケットティッシュを小さくちぎって耳に詰める。
 総じてみれば寝ることが可能な環境ではある。しかし寝付けない。恐らくは不安のためだ。荷物を取られないかという不安、悪意ある人間に襲われないかという不安があった。気を紛らわすために素数を数えたり、エロいことを考えたり、星をじっと見つめたりしたが駄目。そのうち蚊に刺されるようになり、かゆさに耐えられなくなり起き上がる。時計を見ると1時間ほど経過し1時。
 再び野宿の場所を求め歩く。川沿いに寝たのも最終手段というぐらいの気持ちだったのでそう簡単に他の場所は見つからない。途中で歩き疲れバス停の椅子に座る。その椅子が座りやすいので座ったまま仮眠を取ろうかと思ったが、近くで自動車用信号が黄色く点滅しておりそれが視界に入るので無理だった。次の日の移動は中村駅の前のバス停から出発する予定でいたが、歩いているうちに結構駅から離れたところまで来ていた。とりあえず駅周辺に戻ることにする。
 戻る途中で公園を見つける。おそらく2時くらい。そこには複合型の遊具があり、その遊具には地面から1mほどの高さの場所に十分な広さの平らな領域がある。しかも囲いがあり外からは見えにくい。ここなら安心出来そうだと感じ、横になってみる。床が金属なのでひんやりとしている。地面はさっきよりも固いが、虫の脅威もなく悪くない。しかし不安は解消されない。少し物音がするたびに周りを見渡しびくびくしながら過ごす。しばらくするとまた蚊に刺されるようになった。蚊は遠くからでも人を感知して寄ってくるのだろうか。そしてまた耐え難くなり起きる。時計を見ると3時過ぎ。ここで虫よけスプレーを使えばよいことに気づく。近くのサークルKへ行くと売っていた。すぐさま開封し肌の露出している部分に多めに噴射する。再び公園に戻り寝転がる。疲れからか先ほどまでは無かった眠気を感じる。これは寝られそうだと少し希望を感じつつ寝転んでいると気づけば眠っていた。とはいっても意識が飛んだような感覚と体感時間よりもずっと長い時間が経過していることから寝ていたことが確信できるような曖昧な眠りではある。それでも眠りに至るまでの苦労を思うと結構な達成感があった。

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