にこやかな関係

 今年の正月もしくは年明け直前、どちらかは覚えていないが中学の時の友人達と久しぶりに会った。このとき会った友人たちは特に仲の良かった友人達で、会う前から楽しみだった。
 待ち合わせ場所は駅で、時間ちょうどくらいに行くと既に皆そろっていた。久しぶりに見る友人たちの外見はそれほど変わっておらず、再会に際して抱いていた多少の緊張も消えて、久しぶりと声をかけた。実際話しても皆以前と変わらない印象ですぐに打ち解けた。予約していた飲み屋に行き、近況を聞いたり、中学時代の話をしたりした。楽しかった。 
 楽しかったのは間違いない。そのときの別れ際に、またこういう場を持ちたいと思ったし、そういう話もした。そしてまた来年にも会おうと約束をして別れた。
 それでもこの友人達との関係に一抹の寂しさのようなものも感じる。
 今回会った友人の中には2人きりではすぐに話に詰まってしまったことが多々あるのもいれば、いじりがきつめでそれに対して怒ったことのあるのもいる。彼らとの関係は確かに「友人」という共通の言葉で括れるものではあったが、個々別々に異なり、肯定否定含む交々とした感情を伴うものだったはずだ。しかし今やそれらの感情はぼやけてしまい、幾つかの個別的記憶はあれど、大きくは「過去に楽しい時間を共有した」というような曖昧な印象を基礎とした友人関係になっているような気がする。そんな無条件に、ただにこやかに過ごせるような関係だったかな、なんてのを思わないでもない。

京都タワー&タワー浴場へ行った

 先週申請したパスポートを受け取りに京都駅ビルの旅券事務所へ行った。受け取りはスムーズに終わった。京都駅まで来たついでに近くのアバンティブックセンターに寄ることにした。場所の記憶が曖昧だったため何となく正しそうな方向へと向かった。途中で京都タワーが目に入った。4年間京都に住んでいるが、これまで一度も入ったことがない。平日の日中で人も少ないだろうし、いつか入るなら今だろうと思い予定を変更し入ることにした。
 これまで伝聞で「しょぼい」「古臭い」などという話を聞いていたため、期待はせずに半分冷やかすような気持ちで入ったところ、予想とは違い小奇麗な土産物売り場があった。デパ地下の専門店街をもう少し整然とした感じといったらよいだろうか。「小奇麗だ」とは思ったがそれ以上特段の感想は無い。一通り1階を見て回った後、地下1階へ降りた。地下1階は1階とは違い、地面も壁面もほとんどの部分がコンクリート打ちっぱなしでラフな雰囲気が漂っていた。これはこれで洒落た感じだった。地下1階には飲食店が多数並び美味しそうな店もあったが、既に昼食をとっていたため今回は何も食べなかった。コーヒーを飲もうかと思ったがスタバしかなかったためやめた。ここでフロアガイドを見て京都タワーは今年の春に大幅に改装したことを知った。
 2階、3階も見て回った。2階は体験コーナーとなっていたので詳しくは見ていない。3階はそれ以外の階と異なり多少古臭い感じがしたが、それほどしょぼくはない。京都タワーは最早ダサくなくなったのだろうか、もう少し早く来るべきだったなどと落胆しながら、エレベーターで展望台へと向かった。
 展望階はそれまでの階とは比にならないほど野暮ったかった。具体的に説明するのは難しいが児童館のような、一昔前の公共施設のような垢ぬけなさがあった。係員の説明によると無料で入れる部分と有料で入れる部分があるとのことだった。ひとまず無料の部分を見ることにした。展望室は窓に面してリング状になっている。見える景色は酷かった。見えたのは、エアコンの室外機(多分)、ビアガーデンの会場、京都駅、遠くの方に僅かに町並といったところ。順路にはいくつかの展示物もあった。マジック・ミラーなる表面が波打った鏡、マスコットキャラクターの絵、手相占い等。よくわからないがこういうものを求めていたような気がする。順路を一回りするうちにすっかり満足した。
 帰るためにエレベーターで降りていると、同乗していた夫婦が浴場のことを話していた。エレベーター内の表示板を見ると地下3階に「タワー浴場」と「タワー理容室」があった。展望台で満足したためここで帰っても良かったが、「タワー浴場」と「タワー理容室」が期待を裏切るはずもないと思い、行くことにした。エレベーターのボタンを1階しか押していなかったので一旦1階で降り、階段で地下3階へ向かった。地下1階は前述したように洒落た感じの飲食店が並んでおり、フロアの雰囲気も現代的だ。しかし地下1階から地下2階へと降りる階段の始まりの時点で劇的な変化があった。
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 手前の木目調のフローリングが地下1階で、緑色の階段が地下2階への階段だ。地下2階には施設は無く、通過して地下3階へと向かう。





 「タワー浴場」、「タワー理容室」は外から見たところ普通の銭湯、理容室だった。しかしフロア全体が展望階とおなじ雰囲気をたたえていて満足感はあった。一通り目に収め帰ろうと思ったが、突如浴場に入るという考えが浮かび、入ることにした。入湯料は平日割引で750円と少し高め。
 中身は予想に違わず普通の銭湯だった。以下のページに浴場の写真がある。
大浴場のご案内|Kyoto Tower 公式サイト
 写真だとわりに大きく見える浴槽だが結構小さい。中心にある噴水から絶えずお湯が噴き出しているのだが、これがバチャバチャと騒がしく閉口した。ただ特筆すべき点が一つある。それはシャワーの水圧がかなり強いことだ。僕が日頃浴びているシャワーは水圧が弱いため久々に浴びる高圧のシャワーは気持ちが良かった。しかしシャワー選びには注意が必要だ。最初体を洗うときに用いたシャワーは非常に水圧が強かったが、浴槽からあがり軽く体を流すために使ったシャワーはそれほど強くなかった。同時に利用する人数によって水圧が変化しているのかと思ったが、先ほど使ったシャワーを再び浴びたところ、そちらは依然として強かった。何が違いを生んでいるのかを調べたところ、2つのシャワーはシャワーヘッドが異なることが分かった。恐らくこれが差を生んでいる。
 タワー浴場を満喫し京都タワーを出た。スマホアバンティの場所を調べたところ駅の反対側だった。

暑いがつらくはない

 昨日今日と暑い。前に誰かが「体温を超える気温になると一気につらくなる」というようなことを言っていた。母だったような気がする。特に根拠は言っていなかったと思うが、科学的根拠のありそうな雰囲気がして強い説得力を感じた。
 今のところ気温は体温を超えていない。それでも日によって暑さに対する身体の反応は異なる。その反応に応じて僕の中で好ましい暑さと不快な暑さとに分かれる。
 不快な暑さというのは、常に暑さを感じるほどではないがじっと座っていると尻のところに汗をかいたり、体の表面がベタベタしてくるような暑さ。好ましい暑さとは、常にジリジリと熱を感じ、じっとしていても首元から汗が流れるような暑さ。この後者の暑さはとにかく暑くて、気づけば「あちー」などと口走ったりするほどだが、気持ちよさもある。全身に血流が巡る感じというか少しハイになる感じがする。
 過去に友人にこのことを話したところ「ちょっとわかるかも」というような曖昧な同意を得た。1人の友人にしか話したことがないので、これを普遍化するのは明らかに軽率だが、恐らく多くの人も認めることだと思っている。
 しかしそうは思っていても、他人が「暑いねー」と言えばこれは「暑くてつらい」というニュアンスで言ってるのだと僕は受け取る。日常会話で「暑い」という言葉が肯定的な文脈で用いられることがほとんどないからだ。多くの人が潜在的に「暑い、そしてそれがいい」という言説に同意する素地を(恐らく)持っているのに、それを明確に意識する機会がないばかりに「暑さ」は厄介だというニュアンスで用いられ続け、そのニュアンスで用いる人を再生産している。
 とはいえ現状に一石を投じようと、相手の「暑いねー」に対して「暑くていいね」などと返せば、相手から問いただされるか、自己主張の強い面倒な奴だと思われるだけだろう。前者の対応ならまだましだが、それでも「暑さの話題」などという不毛なものに費やす時間が増えてしまう。
 「暑いねー」という人は暑さの話をしようとしているわけでは無い。ほとんどは特に何の考えもなく、暑いから「暑い」と言っている(多分)。だから相手が「暑いねー」と言ったタイミングで暑さのニュアンスについての話をするのは上手くない。それでは適したタイミングはいつなのか。それはわからない。

パスポートの居所申請に苦労した

 海外に行く予定ができたためパスポートを取得することになった。ここ3日間パスポートにまつわる手続きをしていて、今日なんとか申請まで終わった。あとは約1週間後にパスポートを取りに行くだけだ。しかし思いのほか申請にたどり着くまでの道のりが長かった。

3日前の夜
 申請のために動き始めた。京都府のウェブページから必要書類を知る。僕は住民票の住所とは異なる場所に住んでいるため、そういう人向けの居所申請なる手続きが必要になる。居所申請には住民票の写しが必要で、また居所申請かどうかに関わらず戸籍謄本か戸籍抄本が要る。
これらを手に入れるために、
・親に郵送してもらう
・帰省する
の2つの選択肢があった。郵送してもらうのは労力がかからないが時間がかかる。帰省するのは疲れるしお金もかかる。少し考えて帰省することにした。郵送にすると親の対応次第ではズルズルと遅くなってしまうという懸念があったからだ。帰省する際に旅券事務所のある京都駅まで行くことになる。京都駅は割と遠いので1日で申請まで終えてしまうことにした。
 この時点で不足している書類は、
・戸籍謄本
・住民票の写し
・写真
・居所申請申出書
京都府内での居住地が確認できる書類
だった。写真と居所申請申出書は現地で準備できそうだったのでそのようにしようと思っていたが、次のブログ記事を読んで事前に準備することにした。
kuroasagi.hatenablog.jp

 この記事は大いに参考になった。僕の学生証にはこの記事の筆者と同じく住所の記載がない。そのため通学証明書が必要となる。京都府のウェブページ上には「京都府内の居所の住所が記載された学生証」と書いてあるがなんとなく学生証で大丈夫だと思い込んでいた。
 大学で通学証明書等の必要書類を取れるのは8時半からで、京都から実家までは片道3時間半ほど。京都駅の旅券事務所は17時まで。
 プランは次のようになった。8時半に大学で書類を取得し、その足で実家に向かう。実家への到着は12時頃の予定。地元で戸籍と住民票を取り、すぐに京都に帰る。京都駅には16時頃にはつくはず。そしてそのまま駅ビルの旅券事務所で発券手続きを行う。
 割とギリギリの計画だが1つ1つの過程の不確定要素はほぼ無いためそれほど困難ではないはずだった。

一昨日
 大学での書類の取得、地元への移動は予定通りで12時頃に地元に着いた。計画が頓挫したのは戸籍謄本の取得のときだった。窓口で住民票と戸籍謄本を申請したところ、住民票はもらえたが戸籍謄本は発行できないと言われた。理由は僕の戸籍は別のところにあるからだという。住民票の本籍の欄には僕の実家ではなく親の実家の住所が記載されていた。これまで戸籍謄本を取得する機会がなかったため自分の本籍を知らなかった。僕の実家と親の実家は異なる県にある。親の地元への所要時間を調べたところすぐに出発しても16時半にはなることがわかった。この時点でこの日のうちにすべての手続きを終えることは不可能となった。ひとまず住民票だけ取得しどうするかを考えた。
 ここで浮かんだ案は3つ。
・今日は実家に泊まり、次の日に親の実家へ行き戸籍を取得しそのまま京都に帰る
・このまま京都に帰り、親の実家の方で代理で取得してもらい郵送してもらう
・このまま親の実家に行き、そこで一晩泊まり、次の日に戸籍を取得し京都へ帰る
ここまで考えたところでいずれにせよ即座に行動を開始する必要は無いことが分かったので少しのんびりすることにした。
 少し前からツイッターのタイムラインに「まんきき」なる冊子が一部の本屋で配布されており、それには高浜寛へのインタビューが載っているという情報が流れていた。「まんきき」というのは「まんが家さんにききました」から来ている名称らしく、その名の通り書店員による漫画家へのインタビューが掲載されている。
まんきき | コミック担当書店員有志の活動

「まんきき」のウェブページ上に配布している書店が記してあるが、京都にはなく僕の地元にはあった。ただその書店は地元の少し行き辛い場所にあるため今回は時間的に無理だと考えていた。余裕ができたので行くことにした。書店では無事に「まんきき」を見つけることができ、ついでにリイド社の出している高浜寛の目録も手に入った。『エマは星の夢を見る』を購入し店を出た。
 これからどうするかを改めて考えたところ、今日のうちに親の地元に行っておくのが良いという結論に至った。明日親の地元に行き、京都に帰るとそれだけで1日が潰れてしまうからだ。祖母の家に今日行っても良いかを電話で尋ねたところ快諾を得た。移動は特に何事もなく済んだ。

昨日
 朝に戸籍を取得した。すぐに京都へ出発すればこの日のうちに申請まで済ませることはできたと思うが、祖母の家に行くのはしばらくぶりだったので、すぐに帰るのも忍びなく思い昼まで過ごした。14時前に京都に向け出発した。京都駅についたのは18時過ぎで、そのまま帰宅した。

今日
 午前中に大学での用事を済ませ、午後に京都駅まで行った。申請は事前の調査の甲斐あって不備はなかった。それでも旅券事務所で費やした時間は主に待ち時間だが1時間半以上はかかった。

青唐辛子の一瞬の爽やかさ

 赤唐辛子の苗を2か月ほど前に買って育てている。買った苗は3株でその成長の具合は一律ではない。2株は多くの葉と花をつけ同時に多数の実がついたが、その実の成長スピードは遅い。もう1株は葉も花も少ない。当然実の数も少ないが、その時その時に主となって成長する実があり、その実だけはすぐに大きくなる。そしてその実を収穫すると、残っている小さい実の内の1つの成長が活発になる。葉も花も多い苗からはまだ1つも収穫できていないが、葉も花も少ない苗からは既に4つほど収穫できている。
 僕は収穫の適切なタイミングを知らないので、実の大きさだけを基準に収穫している。赤唐辛子なのだから実が赤くなるタイミングがあるはずなのだが今のところ青いまま収穫し、青いまま食べている。いつ赤くなるのかは調べれば容易にわかると思うが、調べてわかるのもつまらないのでしていない。ただ僕のこれまでの唐辛子と接点を持つ経験を総合すると、枝についたままの状態、つまり収穫前に赤くなるだろうと予想している。
 今日も1つ収穫した。収穫してすぐに軽く水で洗って一口かじってみたところ、一瞬口の中に独特で爽やかな香りが広がり、その後猛烈な辛さが来た。あまりの辛さに吐きだそうかと思ったが、なんとなく気が引けたため急いで咀嚼し飲み込んだ。すぐに口を何度もすすいだが辛さは収まらない。冷蔵庫にわずかに残っていた牛乳を飲んだり、再び口をすすいだりしていると多少落ち着き、依然としてヒリヒリするものの耐えられないほどでは無くなった。
 僕がこう不用意に唐辛子をかじってしまったのには多少の理由がある。これまで4つほど収穫したと書いたが、最初に収穫したものはわずかに辛く、そして独特の爽やかな香りがあった。2つ目以降は全く辛くなく特段香りもなく少し肉厚なピーマンといったようなものだった。それで今回も辛くないか、辛いとしても大した辛さではないと高を括っていた。
 ただ再びあの独特の爽やかな香りを味わえたのはよかった。言葉でうまく形容できないが、レモンの香りの中にピーマンの青っぽい匂いが少し混じったような香りというと少しは表現できているかもしれない。この香りは僕にとって好ましい香りで出来ることならもっと味わいたいところだが、それには5分ほど辛さに悶えるという代償を払わなくてはならない。さきほど意を決して2口目をかじったところやはりいい香りがしたが当然辛さに襲われた。
 

完全版 ニュージョイス

 僕が高校1年まで住んでいた地域の僕の行動圏内に「ニュージョイス○○」というコンビニがあった。○○の部分には本当は文字が入るが伏せている。
 このコンビニに対して特に何か思い入れがある訳ではない。店内の様子は全く覚えていないし、入ったことがあるかさえもあやふやだ。とはいえ全く縁がなかったかと言えばそうでもない。このコンビニは家族経営だったが、その経営者家族の娘が僕と小学校で同級生だった。中学生の時も同級生だったかもしれない。僕は彼女と特に親交があったわけではなく、いま彼女に対する記憶を掘り起こしても出てくるのは家がニュージョイスだということと50音順で並んだ時に近かったということぐらいだ。このように僕のニュージョイスとのつながりは極めてわずかなものだ。しかしそれだけのことでも、ただのコンビニとは印象が違うもので未だに記憶に残っている。
 僕は今実家から離れた場所に住んでいて、さらに高校のときに同じ市内ではあるが引越しをしたので、帰省した時でもニュージョイス周辺に行くことは滅多にない。だが不意にニュージョイスのことを思い出す経験がこれまで2度あった。
 今年の正月に小中学校の友人と会う機会があり、集合場所が小中の頃を過ごした地域だった。それでどうせならということで早めに家を出て以前住んでいた地域のあたりを歩いて回った。このときニュージョイスは見ていないが、一通りに見て回って集合場所に向かう途中、急にニュージョイスの事を思い出した。思い出したといっても何かニュージョイスにまつわることを思い出した訳では無く、この「ニュージョイス」なる響きが頭に浮かんだだけだ。ただその時は「ニュージョイス」という響きが可笑しく思えてきて笑ってしまった。集合場所で友人たちにも、ニュージョイスのことを思い出させてやったらウケるかもしれないと思ったが、失敗しそうなのでやめておいた。これが1度目。
 2度目は今日でさっき夕飯を食べているときに、不意に「ニュージョイス」が頭の中に響いた。今回は全く面白いと思えなかった。

 googleマップストリートビューでニュージョイスを見てみたら閉店していた。こうなると今後、僕の生活とニュージョイスとの接点が増えることは多分無い。あったとしても今日のように響きを面白いと感じるぐらいだろう。それで僕の人生における(恐らく)完結したであろうニュージョイスとの関わりをまとめておきたい気分になりこの文章を書いた。

マキハラ現象

 僕の中で槇原現象(マキハラげんしょう)と呼んでいる現象がある。
 どんな現象かというと「過去に自分が外部から見聞きした内容を、それを見聞きしたということを忘れ、その後思考しているときにその内容が頭に浮かんだ際に自分で思いついたと思ってしまう現象」のことだ。すこし分かりにくい言い回しになったが、大きくは「自分で思いついたと思ったが、実は何かの受け売りだった」という現象の事だ。槇原現象の槇原とは歌手の槇原敬之のことで、この現象の名を冠している理由は過去にあったある事件における槇原敬之の発言による。

 「事件」というのは、槇原敬之がケミストリーに提供した『約束の場所』という曲の歌詞の一部が、漫画『銀河鉄道999』にあらわれるフレーズに酷似していると松本零士が主張し、盗作か否かで裁判沙汰になったことだ。この騒ぎについては次のWikipediaの「松本零士」のページの「銀河鉄道999裁判」の項目に大体まとまっている。

松本零士 - Wikipedia

また、次のリンクは実際の裁判の記録だ。

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090106182202.pdf

 この騒動があったとき僕は恐らく中学生だったと思うが、当時ニュースでなかなかに大きく取り上げられていた。それほど熱心にこの事件の推移を見ていたわけでは無いので細かなことはあまり覚えていないが、槇原敬之が「自分で考えたつもりだったが、無意識のうちに真似をしてしまったかもしれない」という旨のことを言ったという報道があったと記憶している。
 しかし、改めて調べてみると槇原敬之本人は一貫して『銀河鉄道999』からの影響を否定していて、報道で僕が聞いた件の発言は松本零士による槇原敬之の発言の引用という形で述べられたもの(つまり、松本零士が「槇原敬之が『~~~』と言っていた」という形で述べたもの)のようだ。
 それはともかくとして、当時そのような報道を聞いた僕は槇原の発言(正確には松本による槇原の発言の引用)に対し、「そういうことはあるよな」という感慨を抱いた。そしてそれ以降、「自分で考えたつもりだったが、無意識のうちに真似をしてしまっていた」事態や「自分で考えたつもりだが、もしかしたら他人の受け売りかもしれないという不安を抱える」事態に遭遇するたびにこの事件を思い出し、気づけばこれらの事態を「槇原現象」もしくは「槇原敬之現象」と呼んでいた。

 先週「槇原現象」の命名の由来を意識させられる経験があった。先週僕は「なか卯」で昼食をとったのだが、その時店内に『約束の場所』がかかっていた。僕は驚いた。『約束の場所』は上記のような騒ぎがあり、なんとなくケチのついた曲だという印象を持っていた。しかも当時売れていたとは思うが、爆発的に売れたという訳でもないはずだ。10年以上も前の曲であるし、同程度以上の認知度の曲などいくらでもある。その数多ある選択肢の中から、この曲が選び出されたというのは大きな驚きだった。

 今回改めて騒動の事を調べたことで槇原敬之が実際に「自分で考えたつもりだったが、無意識のうちに真似をしてしまったかもしれない」的なことを言ったかどうかは不明であり、槇原本人はそのことを否定していることがわかった。このことを考慮すると「槇原現象」という名は槇原敬之にとって失礼なものだという気がする。やはり改めるべきだろう。とはいえ一度自分の中で定着してしまった名称を変えるというのは難しい。代わりになる良い名称があればそっちを意識的に使っていくうちに次第に変えられるかもしれないが、そのような良い案もない。ひとまずは心内で「槇原現象」と呼ぶのは良しとして、口に出すのは控えようと思う。